顔も知らない男性と、借金の肩代わりに結婚するなど、恐怖と嫌悪でしかなかった。

「だから俺のことも苦手なわけか」

クラウスの言葉に、ひたすらうつむく。
苦手だ。とてつもなく。

彼の手にある権力も、それをためらわず行使する苛烈さも、ただフロイラを怯えさせる。

「だいたい父親が存命だったとしてだが、お前は結婚せずにどうやって生きてくつもりだったんだ。尼僧院にでも入るのか?」
クラウスが問いを重ねる。

「女学校は出してもらいましたので、どこか貴族のお邸で働ければと思っていました」

子どもの家庭教師や、老婦人のコンパニオン(話し相手)は中流階級の女性の職業としてもっとも望ましいとされている。
フロイラには密かな夢があった。

「・・高望みですけど、ヴィンターハルター家にお仕えしたかったんです」

「叶ってるぞ」

「そうではなく・・・」

「例の幻の女か」
クラウスがうんざりと吐き捨てる。