「なんでも、チーズを入手した農場の近くの農夫のところで、羊とヤギの合いの仔が生まれたんですって。その商人も実際に見たわけじゃないそうなんですけど」

「羊とヤギに仔が?」
沈着さで知られるリュカの声にも、好奇の響きがまじる。

「ねえ、そんなことあるのかしらって。なんでも十年にいっぺんくらいどこかの農場でそんな話を聞くんですって。でも、だいたいは死産になってしまうそうですけど」


表から裏まで、邸の一切を取り仕切る家令の職務に「軽口をたたく」という項目はない。
が、主の話し相手であれば、むろんそつなく務める。

学識が深い反面、皮肉屋でもある主だが、その扱いもリュカにかかればお手のものだ。


———世界には、幸より不幸が遍在している。

書斎の換気をしようと窓を開けていると、新聞に視線を落としながら、クラウスがそんな言葉を投げてきた。