きっかけは、些細なことだった。

ある日の午後、家令のリュカは、メイドたちのおしゃべりを小耳にはさんだ。

「ええっ、ほんとなの」
「・・そんなことって・・」
彼女たちの声には、面白がっている様子がにじんでいる。

人付き合いを嫌う主のせいで、ニュースやゴシップのネタにはとぼしいヴィンターハルター侯爵家だ。

「———何か、あったのですか?」

あらリュカ様、とメイドたちは姿勢を正すも、雰囲気は打ちとけたものだ。

「いえね、チーズを届けにきた商人から聞いた話なんですけど・・・」

邸の主、ヴィンターハルター侯爵クラウスの婚約者、フロイラ・ラインハート嬢はチーズが好物だ。
それを知ったクラウスは、商人を使ってあれやこれやと取り寄せている。