「あの…濡れてますよ」
その声は少し低めだか、ふとすぎず心地の良い男性の声だった。
私は、顔を上げると驚いた。
私の前に立っていたのは、確かに男性だったが、ずぶ濡れで、雨に濡れてるせいか、前髪が目にかかっていて、不気味だった。
多分、歳は私と同じか、歳上か…
「濡れてますよ」
男性は、もう一度そう言い、ニコッと笑った。
「あなたも、濡れてますよ」
「僕は、いいんです。雨、好きなんで」
いくら雨が好きだからって、こんな格好で…
その男性は、白い薄手の服を一枚だけで、何も羽織ってなかった。
なぜ、服一枚しか着てないって分かったというと、雨で服が濡れて体が透けて見えたから…
どう見ても寒そうだが、男性は寒さを感じていないかのような、笑顔だった。
「風邪ひきますよ」
私は、着ていたパーカーを渡した。
「いいよ!僕は、雨が好きだから…」
「雨が好きでも、風邪ひいたらダメでしょ」
「大丈夫!僕、病気はしないから」
そう言って、パーカーを返してきた。
私は、めんどくさくなった。
「じゃぁ、帰るから」
私は、男性に背を向け歩いた。
公園を出て、道路を30mくらい歩いた時、後ろに違和感を感じた。
後ろが微妙に見えるくらいに少しだけ振り向くと、さっきのずぶ濡れの男性がいた。
男性は、薄暗い空を見ていて、私が振り向いた事にきずいていなかった。
家、こっち方向なのかな…
最初は、そう思ってたが自分の家が見えても、まだ男性は私の後ろを歩いていた。
わざと歩くペースを遅くすると、男性もゆっくりにした。
そして、等々私の家に着いてしまった。
私は、カバンから鍵を出し、手を震わせながら何とか、ドアを開けることが出来た。
「あの…」
後ろから、さっきの男性の声がした。
「ここに住みたいんですけど…」
何を言っているんだ…この人は。
私は、無視してドアを開けた。
「ゆうちゃんは、半年前の記憶を失ってるよね?」
「え…」
私は、その言葉が衝撃的すぎて、足を止めた。つい、声まで出てしまった。
だって、どうして私が半年前の記憶がない事を知っているんだ。
それに、ゆうちゃんって…
「何で…」
「ゆうちゃんは、覚えていないと思うけど、僕は、ゆうちゃんの幼なじみなんだ」
「はぁ…」
何となく、納得した。
「僕は、ゆうちゃんの記憶を戻したいの」
私だって、記憶を戻したい。
だけど…
「お願い!そうじゃないと、僕がゆうちゃんに会いに来た意味が無いんだ」
男性は、必死そうだった。
会いに来た意味って…何だろ。
私は、少し気になった。
「…」
「お願い…」
今度は、力が尽きたような感じだった。
「時間が無いんだ…。お願いゆうちゃん…」
ずぶ濡れで、うるっと輝く瞳。
さっきみたいに、無視する事はできなかった。
「分かったよ。とりあえず、シャワー浴びて。本当に風邪ひくから」
私は、そう言ってドアを開けて、男性を家に入れた。
そういえば、名前聞いてなかった。
「ねぇ、名前は?」
「桐島 葵」
「幼なじみなんだっけ。じゃぁ、16?高校生だよね?」
「あ…まぁ一応」
葵は、少し顔をしかめて笑った。
私でも分かるような、作り笑いだった。
「はい、タオル」
私は、葵にタオルを渡し、自分の部屋に行こうとした。
ん?
服をつかまれた。
「服は?裸で過ごせばいいのかな」
あっ…。そうか…どうしよう。
「ただいま」
ちょうど良く、祐也が帰って来た。
「侑李、今日は、早いんだね」
そう言って、葵に目をむけた。
「…どっかで見たことある。彼氏?」
「違う!」
「じゃぁ、友達?」
「…」
ついさっき初めて会った人なんて、言えないし。
「えっと、初めまして。ゆうちゃ…じゃなくて、侑李さんの幼なじみです」
葵、ナイス!
本当に、幼なじみかわからないけど…。
「え…」
なぜだか分からないけど、祐也は目をまん丸くした。
「幼なじみ…って事は、2ヵ月前の…」
ん?2ヶ月前…。
「あぁ!それは…後で…」
葵、慌てながら言った。
「あ、祐也!葵に、服貸してくれない?」
「あぁ、いいよ!」
祐也は、服を取りに言った。
「あ、葵。祐也は、私の兄だよ」
「あぁ、知って…。あ、そうなんだ!」
なんか、違和感を感じる。
「葵って、祐也と会った事ある?」
「え?ないよ!今日が、初対面」
だよね…。
なんか、お互い知ってるような感じだったけど…。気のせいか。
半年前なんかあったっけ…。
「はい、サイズ少しでかいかも」
祐也が、服を持って来た。
「ありがとうございます!大丈夫です!少しくらい!」
葵は、結構小柄だった。
身長も、180cmの祐也に比べたらで170cmいってるか、いってないかの葵は、小動物のようだった。
「じゃぁ、お風呂と、服お借りします」
私は、葵に浴室に案内した。
なぜだか、葵を見てるとなんか、懐かしいって思った。
私は、葵をじーっと見た。
「僕の裸…期待しない方いいよ!筋肉ないしね」
にこにこしながら、言ってきた。
「興味ないし!」
私は、急いでその場を去った。
リビングに行くと、祐也がいきなりタオルを私の頭の上に置いた。
「お前も、さっさと着替えろ。風邪ひくぞ!」
そう言って、部屋に行った。
葵の事ばっかで、自分もずぶ濡れな事を忘れてた。
私も、部屋に行って着替えた。
コンコン。
「侑李ー。制服ちゃんと干せよー!」
「分かってるー」
と、言ったが、頭にすらなかった。
制服のスカートは、びちょびちょで、手
で絞ってみると、スカートから、水が床に落ちた。
びちゃびちゃ…。
ヤバっ!
私は、ベッドの上に雑に置かれたタオルをとり、急いで拭いた。
クリーニング出さないとダメかな…。
「祐也…?」
私は、自分部屋のドアから顔だけを出して、斜め前にある、祐也の部屋のドアを叩いた。
しばらく経ってから、祐也が出てきた。「何?」
「あのさ、制服のスカートびちょびちょでさ…。クリーニング出した方いいかな?」
祐也は、しばらく考えた。
「…。今から行っても、明日来ないと思うよ?」
そっか…。
「干してても、大丈夫だよ。汚れは…明日は着るしかないけど…」
「仕方ないね。明日の夜出しに行くよ」
汚れもあまり目立たないし、気づかれないよね…。
大丈夫か。
「お風呂ありがとうございました」
葵が、お風呂から帰ってきた。
でも、
「葵、やっぱり服でかいよ」
ぶかぶかのシャツをきた葵は、相変わらず暗く見えるが、可愛くも見えた。
「葵、ちっちゃいなぁ」
そう言って祐也が、笑う。
「あはは。祐也さんが大きいせいですかね」
なんか…二人を見てると、初対面とは見えない…って思ってしまう。
仲良すぎだし、もう名前で呼ぶようになってるし…。
って、私も葵って呼んでるか。
「思い出した!葵は、昔からみんなにからかわれて、泣いてさー」
「え…?」
「あ…やっべ…」
祐也は、自分の口を塞いだ。
私は、祐也の言葉に、驚きを隠せなかった。
やっぱり、初対面じゃなかった…?