再度顔を上げた時、カウンター向こうに吊り下げられた鳩時計が目に留まる。


「いけない、そろそろ帰らないと。えっと、ケーキとコーヒー代はいくらですか?」


飛鳥は席を立ち、財布を開いて千円札を一枚出す。

しかし、櫂人は彼女の手を軽く押し返し「今日のお代はいいから」と言う。


「でも……」


「試作品だって言っただろ。メニューに無いものを出して代金は頂けない」


彼の言うことにも一理ある。

しかし、それで引き下がるわけにもいかない。


「だったらせめてコーヒー代だけでも……」


飛鳥は再度千円札を差し出した。

今度は力強く。


「参ったな。そうまで言うならお言葉に甘えて……」


喜島さんは根負けして千円札を受け取った。

良かった……と飛鳥の心は一安心。

そのはずだったが、喜島さんがお釣りと一緒に持ってきたのは両手のひらほどの紙袋と小さな紙が数枚。


「これウチのコーヒー豆。俺のわがままに付き合ってくれたお礼も兼ねて。それと、割引券もね。良かったらまたコーヒー飲みに来てよ」


せっかくコーヒー代支払ったのに、これじゃ赤字じゃないのだろうか。

ホント変な人。

飛鳥は可笑しくなってふふっと小さく吹き出した。


「ありがとうございます。それでは、また……」


最後は礼儀正しくお辞儀して、コーヒー豆と割引券、そして買い物袋を手に喜島珈琲店を後にした。