「もし、差し支えなかったら、ムルソーさんのタバコの銘柄も教えてください。ってか、タバコって美味しいんですか? 私は、高校の時、友達に勧められて1本吸ってから、ダメダメで……。でも、今ならなんか、吸える気がするんです。」



自分でも何言ってんだろうって思う。でも、本心なんだ。ムルソーさんの匂いがタバコなら、その匂いも好きになれそうな気がするんだ。そして、面と向かって会えない分、少しでもムルソーさんに近づきたいって思うんだ。それがたとえ、身体に害のあるタバコでさえも。



「どうせ吸うなら、ムルソーさんと同じタバコがいいなって。参考までに教えてください。」



スマホで時間を確認した。バイトまであと1時間はある。



「あと1時間後にはバイトです。なんか、時間通りに遅れないように行くのってすごくストレスじゃないですか? 私、集合時間とか嫌いなんです。何時までにどこどこに集合ってなったら、何時までに起きて、何時に家を出て、何時の電車に乗ってとか、そういうことをいちいち考えて、それに合わせて歩幅も合わせなきゃいけないじゃないですか? 時間に追われるって言うんですかね? この先もそんな人生だと思うと、憂鬱です。」



もう先の人生まで語り始めたら若さも終わりだなと思う。18歳には選挙権がある。そんな大人と子供の狭間にいる私。大人は、飲酒喫煙ができる。納税の義務も課せられる。大人と子供との間には、何万光年の差があるけど、その何万光年の距離は、きっと自分の人生について、考える時間と比例しているんじゃないかな。



「それじゃあ、今日は早めに出ます。早く行ったら早く帰れる病院とは違って、バイトはただただ待ちぼうけになっちゃうけど、仕事を早く覚えた方が、文句を言われなくていいので、タバコの銘柄でも覚えようかなって思います。」



私は、カメラの前から立って、トイレを済ませ、ハンドバッグを持ち、家を出た。鍵はもちろん開けっ放しで。