釣りをしているおじさんの竿がしなった。おじさんは、すぐに気づいて、腰を入れながらリールを回した。やがて、大きな名前のわからない魚が釣れた。



私は思わず拍手した。すると、おじさんが気付いて、照れくさそうにひょいっと頭を下げた。なんだか嬉しくなって、私はおじさんの傍まで降りて行って、置いてあるクーラーボックスの中を覗き込んだ。魚が5、6匹入っていて、窮屈そうに、ヒレを動かしていた。



「釣れますね。」



私の問いかけに、おじさんは、餌を付けながら、「この時間にしては連れてる方だな。」と言った。



「いつもここで釣りしてるんですか?」



「するよ。ほぼ一日中ね。夜暗くなってからもするんだ。」



「へえー、よっぽど釣りが好きなんですね。」



「好きというよりは、することがなくて、なんとなくしてるって方が合ってるかな。定年を迎えてからの楽しみは、釣りと、酒を呑んでる時と、孫と1時間くらい会うことくらいかな。」



「お孫さんと会うのは1時間くらいでいいんですか?」



「2、3時間もいられると、疲れるんだ。孫は目に入れても痛くないなんてよく言うけど、おじさんからしたら、2、3時間もいられると、早く帰れって思う。」



なんとなくおじさんの気持ちがわかる気がした。程々がいいんだ、何事も。



「私、夜まで外で時間潰さなきゃいけないんですけど、もしよかったら、釣り竿貸してくれませんか?」



「いいよー? そこにある竿を使ってみな。おお! それ、引いてる! 竿を持って、リールを回してごらん?」



私は竿を掴んで力いっぱいリールを回した。ずっしりと重くのしかかる左腕。魚の必死の抵抗がビビビッと指先にまで伝わってくる。



水面から魚が顔を出した。魚は水しぶきを上げながら最後の抵抗虚しく、私に釣り上げられてしまった。



「おおー! 今日一番の大物だ。お嬢ちゃん、ラッキーだね!」



私が釣り上げた魚を針から外しながらおじさんが言った。こんなところでラッキーを使ってしまった私に、次はいつラッキーが巡ってくるんだろうか……。