鎖骨を噛む






「心当たりあるんですか?」



「まあ、ないわけじゃないけど、多分、りさちゃんの好きな『けんじくん』とは、多分別人だよ。」



おそらくそう考えるのが普通だと思う。佐藤さんの言う通り、「たかはしけんじ」なんて名前の人は、どこにでもいる。でも、私はなぜか佐藤さんの知っている「たかはしけんじ」が、私の鎖骨を噛んだ「高橋健司」じゃないかと思う。乙女の勘なのか、それとも恋に溺れて前しか見えないイノシシになっているのか。とにかく訊いてみたかった。



「佐藤さんの知ってる『たかはしけんじ』さんについて話してくれませんか?」



「別にいいけど……。」佐藤さんは渋面を浮かべた。



「オレの大学の後輩にいたんだよ。『たかはしけんじ』って奴が。そいつ、学校でも結構有名でさー。オレは直接会ったことないんだけど。」



「有名って、カッコ良くてってことですか?」



「いや、悪い方の有名。そいつの描く絵がかなり残酷で気持ち悪いらしい。こういうの趣味が悪いって言うのかな? まあとにかく、ヤバイ奴だって有名だったよ。」



……私の勘がますます確信に近づいている。



「残酷で気持ち悪い絵を描くって言ってましたけど、まさか佐藤さんって美大に通ってたんですか?」



「あれ? 言ってなかったっけ。オレ、美大卒だよ。」



確信した。佐藤さんの言う「たかはしけんじ」が私の鎖骨を噛んだ「高橋健司」だ! それだといろいろつじつまが合う。盗撮をしようとするくらいだから、ヤバイ奴であることには変わりない。そして、どこで私に目を付けたのか、私の絵を描くために盗撮カメラを仕掛けたんだ。私を見つけた時、健司は私を口封じのために殺そうとした。学校でも有名なくらいヤバイ奴ならそういうことをしていてもおかしくない。



でも、健司はその時の記憶は失っている。つまり、今の健司は佐藤さんの言う、ヤバイ奴ではない。その事実があれば充分だ。



「なるほど……でも、私の彼氏の健司は、絵が下手なんで違いますね!」



敢えて誤魔化しておいた。佐藤さんも「そいつは、普通に描けば絵は上手かったらしいから、多分違うな。」と言って、バックヤードを出た。