「待ちくたびれましたよ。」
白い襟がついた水色のワンピースを着た榎本果穂が、デートで遅刻された女の子のように言う。
後ろには大きな黒いスーツケースと、紺色の手持ちの鞄がある。
「だから、遠足じゃないって言っただろう?
それにまだ時間じゃない。」
「でもずっと待ってたんです。」
「あのな…これから大変なんだぞ?」
「分かっているつもりです。」
「それにしては楽しそうだな。」
「…楽しいですよ。」
ニッコリと笑った彼女は、スーツケースを玄関から引っ張り出した。
鍵は掛けずに、ドアだけを閉める。
「楽しかったらいけませんか?」
さも当然のように言う彼女に、俺は首を傾げた。
「楽しい理由なんかあるか?」
「ありますよ。
だって今まであまり楽しくなかったですから、これからの方が素敵な人生が歩めるかもしれませんよ?」



