分かりたくないけど、そう言うしかない。
「本当に嫌そうだね。」
「嫌だって言ってるじゃないですか。」
「でも帰らないといけないだろ?
今帰ったら、最低限の会話で済むんだから。」
確かに小言を言われ続けるよりはマシだけど、嫌なものは嫌なの。
そりゃ、伊藤の傍がいいってわけではない。
父親がいつ帰って来るかとイライラするよりかはいいってだけ…
そう、それだけ…
「そうですね。」
帰らないといけないと諦めて、伊藤に背中に向けた時、私は気付いた。
今ここにいる私は素ではないけれど、学校や他の大人といる時よりは嘘が少ない。
誰かと一緒にいる中で、最も正直な自分だ。
「どうした?
お願いしたって追い出すからな。」
「…分かってますよ。
さようなら。」
分かっている、素で接していい程、伊藤は安全な人間ではない。
でも、玄関から出て、無言でドアを閉められた瞬間に思うんだ。
「寂しいな…」
出てきた気持ちが廊下で決して響く事のなかった。
私は諦めて、トボトボと最上階に向かった。



