「とにかくごめんなさい。ちゃんと部屋までついて行って、お世話するべきだった」

 深々と頭を下げると、しののめくんは眠そうな目でわたしを見上げた。

「治るまで、一緒にいてもいいですか?」

「おまえ……」

 そう呟いたしののめくんは、ゆっくりとした動きでわたしの左手を掴んで、握る。
 どきりと心臓が鳴った。

 不思議な気分だった。山ノ内にはどれだけ触られても、何とも思わないのに。どうして今日に限って、しののめくんに限って、こんなに胸が疼くのだろう。
 何を考えているか分からない、いつも不機嫌そうですぐ睨む、かと思えば高校生らしくないニヒルな笑みを浮かべるような横暴男に、どうして……。


「し、しののめくん……?」

「おまえ、さっき東雲って呼び捨てにしたよな」

「……へ?」

 しののめくんがそう言った瞬間、握られた左手の指が、ぼきぼきぼき、と。不気味な音を立てた。

「ぎゃあああああっ! 指があああああ!」

「うるせぇ、呼び捨てにすんな」

 なにこのひと! 超こわい! わたしの指を急にデストロイした! こわい!

「ごごごごごめんなさいしののめさま……!」

「とりあえず部屋片付けろ」

「はいすいませんしののめさま、仰せの通りに……!」


 慌ててしののめくんをソファーに運んで、惨状となったリビングの片付けを始める。
 さっき不気味な音を立てた左手の指が痛くて、泣きそうになった。

 全部山ノ内のせいだ。明日、やつのげた箱やロッカーや机の中に、ありとあらゆるジョークグッズを仕込んでやる。
 ああ、もう絶対指いかれた。超いたい……。

 めそめそしながら片付けていたら「有紗」と。しののめくんが突然わたしの名を呼んだ。名前を呼ばれたのは初めてで驚いた。でもそれ以上に、わたしの名前を知っていたことのほうが驚きだった。

「その指が使い物にならなくなったら、今度は俺が面倒見てやるよ」

「……」

 指が使い物にならなくなったら、というのが気になるけれど、しののめくんの捻挫が治るまで一緒にいると約束した。指も尋常じゃないくらい痛くなってきた。わたしの指が良くなるまで、彼も一緒にいてくれるらしい。だから当分一緒にいることになりそうだ。

 それならその間に、恋する準備でもしてみようか。まずはちゃんと「東雲くん」と呼んでみることから始めよう。






(了)