どうしてしののめくんはこんなにきつい坂の上にあるマンションに住んでいるのか。このマンションを選んだ理由を小一時間問いただしたい。
筋肉痛の身体に鞭打って、長い坂を上り切る。
息を切らしながらマンションの前に着いて、息を整える間もなく、さっきのふたり組から聞いたしののめくんの携帯番号をディスプレイに表示する。
通話ボタンを押して、長いコール音。
「……」
……出ない。携帯を諦め、今度は自宅に電話をかける、が、こちらも応答なし。留守電にもならない。なぜ。もしかして知らない番号からの着信だからか? そんなにナイーブ? そんなに神経質?
でも焦ることなかれ。部屋が何号室なのかも聞いている。
エレベーターで七階まで上がって、七〇二号室のチャイムを押した。
しかしこちらも反応がない。
試しにドアノブに手をかけてみれば、かちゃりと音を立て、ドアが開く。
覗いた部屋の中に、人の気配はない。
……まさか。まさか、誘拐?
いやいやいや、ないないない。あんな不愛想でニヒルな笑みを浮かべる男子高校生を誘拐なんて。ああ、でもしののめくんはお医者さんの息子。身代金目的の誘拐なら充分有り得る。特に今のしののめくんは手負い。足払いをして倒せば、動きなんて簡単に封じられる……!
「し、しののめ……!」
慌てて部屋の中に突入すれば、
「ぎゃああああっ! し、死んでる……!」
リビングの真ん中でうつ伏せに倒れているしののめくん。床には服や食料が散乱し、転がるペットボトルからは液体が溢れている。
誘拐ではなかったけれど、これは事件だ! 警察! 救急車! って何番だって? 一一七? 一〇四?
「……うるせぇ」
「うわっ、生きてる!」
「勝手に殺すな」
もぞ、と動いたしののめくんは、片目だけを開いてわたしを睨み上げる。こんな状態なのに睨む元気はあるらしい。
「ごめんね、一人暮らしだとは思わなくて……。まさかこんな事件に巻き込まれているなんて……」
「はあ? 事件?」
「あれ、違うの?」
どうやら違うらしい。
しののめくんによれば、昨日帰ってから着替えようと思って挫折、服が散乱。お腹が空いて何か食べようと思って挫折、食料が散乱。せめて水でも飲もうと思って挫折、ペットボトルの中身が床に溢れる。そこで力尽き、リビングの真ん中に倒れたまま寝てしまい、今に至るという。
でももうちょっと倒れ方があったのではないだろうか。これじゃあ事件にしか見えない。恐い。