ざぁ、っと。強い風が吹いて、七海さんの髪と僕の白衣が靡く。その風の音にかき消されてしまいそうなくらい小さな声で、七海さんが「へ?」と相槌を打った。

「……異常ですよね。生徒に本気で恋をするなんて」

 さあ、困って。
 困って、ごめんなさいを言って。そうしたら僕は、楽になれる。狂気の日々なんて、永遠に来ないで済む。


 長い沈黙のあと。冷たい風がやんだ頃。七海さんがようやく口を開いた。

「……冷蔵庫でアレを見つけて、屋上に来て、今まで。ずっと考えていたんです」

「……はい」

「どうしてこんなに腹が立つのか。苛々するのか。どうしてだと思いますか?」

 質問されても、答えはよく分からない。分からないから「保健室なのに、明らかに私的な利用目的の物が入っていたから?」と答えた。
 七海さんは首を横に振る。

「保健室に常備しておくものではないかもしれないけど、違います。わたしは、……」

 七海さんの眉が下がって、少しだけ複雑な顔をしたあとで、目線が上がる。
 僕を見ている。僕だけを。真っ直ぐに、

「……宇佐美先生がアレを、誰かと使うんだって思ったら、なんだか腹が立っちゃって……」

 真っ直ぐに、ようやく笑顔を作って。

 靡いた髪からは、やっぱり甘い香りがした。

「だから、宇佐美先生が言ったことに、引いたりしません。だって、わたしも異常だから。先生に本気で恋をしているんですから」


 僕は無意識に、周りに漂う甘い香りに手を伸ばす。
 その先にあったのは勿論七海さんの身体だ。腕を背中に回して抱き寄せ、七海さんの肩に顔を埋めた。
 七海さんの腕が僕の腰に回ったときに、実感した。

 始まってしまうのだ。狂気の日々が。

 もう逃げも隠れもしない。狂気を、受け入れようじゃないか。







(了)