「よく分からないけど、好きなんだったらアレは重要でしょ。結婚前に突然赤ちゃんできちゃったらどうするの? それとも婚約してるとか?」

「いえ……まだ付き合ってもいません……」

「付き合ってなくても、好きなんでしょ?」

「……好き、です」

「それなら簡単じゃん。はい、これ持って」

 言いながら岸先生は、ぎゅうっと僕の手を握り、何かを握らせる。
 開いた僕の手にあったのは、アレの箱……。懲りない男だ。こんなもの、まだ必要ないというのに……!

 まだ……? いや、これを使う日なんて、来ないと思うけれど……。

 アレの箱を見下ろしたまま動けない僕を見て、岸先生がふっと笑う。

「オレもついこの間まで、なんて難しい恋をしてしまったんだって思ってた。叶うことはないんじゃないかなって。でも小さなきっかけがあって、難しい恋が叶ったんだ」

「きっかけって、何だったんですか……?」

「話をした。誤解があったまま終わってしまうのは嫌だったから、話をして、話をしてもらった」

「それだけですか?」

「うん。そしたら、彼女もオレを好きでいてくれたって分かった」

「……良かったですね、両想いで……」

「まあ、両想いだっていう確信はなかったんだけどね」

 確信はないけれど、話しただけで気持ち通じ合うことができたなんて……。
 でもそれは、岸先生と彼女の場合だ。僕と七海さんはどうだろう。七海さんは、僕を想っていてくれるのか、疑問だ。