「そ、せ、それは……先生としての、好き……?」

 パチン、パチン。

「いいえ、男として……ひとりの男としての、好きです」

 パチン、パチン。

「わたしは前からずっと、先生のことを男として見ていて、少しでも近付きたくって。わざと赤点取ったり、補習サボってみたりして」

「……ああ、やっぱり……」

「デートもしたいし、キスもしたいし、性交だってしたいです。他の誰でもない、岸和真さんと」

 パチン。

「好きです、和真さんが、あっ……」

 ブチン……。

 変な声と、鈍いホッチキスの音でようやく振り向くと、榛名はホッチキスの針を親指に刺してしまったようで、抜こうともがいていた。

「もう、何やってんの」

「間違えました」

 親指に突き刺さった針を丁寧に取ってあげると、そこに小さな赤が滲んでいた。

 オレはそこで、英語科準備室に来てから初めて榛名の顔を見て、榛名もオレの顔を見て、ふたりで恥ずかしそうに笑った。


「きっ、キスしても、いいかな……?」

「……そういうこと聞かないでください。和真さんって意外と子どもですね」

「だっていきなりしたら、困るかなって……」

 オレだって、ここがどこだか分かっている。学校、英語科準備室、職員室はすぐそこ。オレは先生で、榛名は生徒。オレを好きだと言ってくれたけれど、もしいきなりして、驚いて悲鳴でも上げられたら……。


 さて。気を取り直して榛名と向き合い、膝の上に置かれた手に、自分の手を重ねた。
 そしてゆっくりと顔を近付け、その唇に触れた。

 ほんの数秒、唇をくっつけただけのキス。
 唇を離すと、榛名はくすっと笑って「子どもみたいなキスですね」なんて言う。

 オレはそれが、可笑しくて仕方ない。
 子どもなのは、余裕ぶった表情と声をしているくせに、実は手や唇を震わしている榛名だ。


 近距離で顔を見合わせて笑うと、榛名はくてんとオレの肩に額を付けて、ため息をつく。

「良かった、いろいろ」

 幸せだから、と続けた榛名を、オレは力いっぱい抱き締めた。

 本当に、良かった。なんとか平和に、着地することができた。
 近付けなくてもいい。先生と生徒のままでもいい。先生と生徒としての信頼を得られればいいと思っていたのに、まさか最良の結末になるなんて……。


 榛名の右手には、さっき自分の指に針を突き刺したホッチキスが、まだ握られている。
 それが目に入ったらまたキスをしたくなった。

 そんなオレのよこしまな気持ちに気付いたのか、榛名がこんなことを言った。

「一度したら、なかなか離れられないキスはなーんだ」

 その答えは榛名の右手にあるけれど、今はこの幸福を感じていたいオレはわざと答えを間違え、榛名の唇に吸い付いた。







(了)