「……榛名」

 絞り出した声も、静かな空間ではよく響く。

 榛名はゆっくり顔を上げて「なんですか」と問う。

「……この間は、ごめん」

 でもオレは、この静かな空間が好きではない。
 なんだか、榛名とオレの距離を感じてしまう気がするから……。


「……何に対しての、ごめんですか?」

「……色んなことに対して」

「意味が分かりません」

「分かんなくて良いから、オレが言うこと、最後まで聞いてくれる?」

「……はい」

 手に持ったホッチキスを机の上に置いて、がたがたと音を立て、パイプ椅子ごと榛名のほうを向いたけれど、榛名は手に持ったホッチキスと冊子を見つめたまま動かない。


「……オレは……榛名に近付きたかったんだ……」

 榛名の肩が、一瞬だけ震えた。

「でもやっぱりオレは先生で、榛名は生徒だから……。一人称を先生にして、できるだけ近付かないように、しようって……」

 話している間にだんだん声は小さくなり、ついには尻切れトンボ。
 でもこれじゃあ駄目だ。このままじゃ、榛名に嫌われて終わってしまう。
 近付けなくてもいい。先生と生徒のままでもいい。でも、先生と生徒としての信頼すら得られないで終わってしまうのは、嫌だ。

 だからオレは、……。

「でも、もういい。榛名がどう思おうが、関係ない」

「……」

 榛名の目線が、少しだけ上がる。それを確認して、オレはすうっと息を吸いこんだ。

「榛名が、好きなんだ。生徒としてじゃなく、ひとりの女として。どう頑張っても、女としてしか見れないんだ……」


 夜の静けさを、恨む。

 こんな静かなんじゃあ、オレが唾を飲み込む音や、心臓の音、いつもより速い呼吸の音が、榛名に聞かれてしまう。