「……子ども扱いしないでください」

「オレンジジュース飲んで喜んでるくせに、大人扱いしろって?」

「料理は多分先生よりできます」

「まあ、それはそうなんだけど」

「好きなのに」

 その言葉はもういい。好きな子からの言葉だからって、揺らいだら負けだ。

「どうしたら良いんですか?」

「先生だって榛名が好きだよ。でもそれは、大事な生徒の一人ってことで。生徒は男女問わずみんな好きなんだよ。先生が顧問してる男子バレー部のやつらなんて、もう可愛くて可愛くて! ほら、一組の戸神とか。身長188センチもあるのに、可愛いもんだぞ!」

 この雰囲気を和らげるために、ふざけた風に言ってみたけれど……。まずい。榛名がめちゃくちゃ睨んでいる。

「……は、榛名? 先生何か変なこと言った……?」

「……ていうか……」

「え?」

「一人称を『先生』にしないでください……」

「……榛名?」

「……嫌な感じです。区別しないでください」

「区別って……。だってね、榛名」

「帰ります」

 最悪の雰囲気は和らがないまま、榛名は空いた茶碗を重ねてシンクに運び、床に置いていたプリントやペンケースをまとめ始める。それを乱暴にバッグに詰め、立ち上がる。

「は、榛名、待って」

 このままじゃあ、この突然の不機嫌の理由も分からぬまま、榛名が帰ってしまう。
 慌てて腰を上げる、と。

「待つかボケーーーィ!!」

 榛名はソファーにあったクッションを引っ掴み、それをオレの顔面に投げつけたのだった。

「ぇうぇぇっ!?」

「お邪魔しました」

 尻もちをついて愕然とするオレに丁寧に頭を下げ、榛名は帰って行った。


 榛名の気配が消えた部屋で一人きりになってしまったときの、虚しさといったら……。バラエティー番組の賑やかな声が、その虚しさに拍車をかけていた。