そろそろ恋する準備を(短編集)



「先生、わたしお腹空きました」

 寝転んだままオレを見上げ、榛名が言う。

「良し、じゃあ頑張ったご褒美に、先生が何か作ってやろう」

「先生料理できるんですね」

「大人なんだから、料理くらい簡単にできるよ」

「大人って凄いですねえ」

 感心する榛名に、「大人」として「先生」として良い所を見せなければ。

 今「先生」と「生徒」としての一線を越えるわけにはいかないが、これはチャンスだ。榛名が卒業して想いを伝える日が来たとき、あっけなく玉砕してしまわないよう、出来る男をアピールしておかなければ。

 と、思ったのに……。

 肉野菜炒めはべちゃべちゃになってしまったし、ご飯は水が少なかったのか芯が残って硬い。気を取り直して味噌汁を作ろうと思ったら、出汁がない。コンソメも鶏ガラも、かつお節もしいたけもにぼしも何にもない。これじゃあ出来る男をアピールするどころか、駄目っぷりをアピールしてしまう。

 キッチンにしゃがんで頭を抱えていたら、見兼ねた榛名が腰を上げ、冷蔵庫を覗く。
 取り出したのはケチャップだった。そのケチャップを、水しか入っていない鍋に入れ、火にかけた。
 その間に硬いご飯を茶碗によそい、水をふりかけラップをして、レンジでチン。べちゃべちゃの野菜炒めは、水溶き片栗粉でとじる。

 そしてあっと言う間に、ケチャップとわかめの味噌汁とほかほかのご飯、あんかけ肉野菜炒めを作り上げたのだった。


 味は、普段オレが作っているものより数段美味かった。完敗だ……。


「……榛名って、料理上手いんだね……」

「そんなことないですよ。味付けは先生ですし」

「いや、そんなことあるよ……」

 大人なんだから料理くらい簡単にできるよ、なんて自慢げに話していた一時間前の自分をぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。
 榛名が作った料理を食べたら、泣きたくなった。好きな子の手料理を食べることができたから。それ以上に、自慢なんかせずナチュラルに榛名が料理上手だったから……。
 ああ、榛名の手料理美味しい……。

 どうしようもなく泣きたくなったけれど、手際の良い料理の様子と、それをもりもり食べる様子を見て、また榛名が好きになった。