学校前の長い坂を下っていくと小さな病院が何軒もあって、その先には古びた商店街がある。本日の目的地であるアイス屋も、その商店街の中だ。

 全国展開している人気の店ではなく、人が良さそうな初老のご夫婦が経営している小さなお店だった。
 細長い店内には昭和の雰囲気が漂っていて、年季の入ったテーブル席がふたつ。外には年季の入りまくった、お菓子メーカーの名前入りのベンチがひとつある。
 アイスの種類は少なく、スタンダードなものしかない。かき氷のシロップの然り。冷たいものが売れない冬はぜんざいと、たまにたい焼きを売るというマイペースなお店だ。

 客のほとんどが、商店街を利用するおじいちゃんおばあちゃんで、若者はほとんど来ない。穴場中の穴場だった。

 が。
 朝比奈先輩はなぜか、商店街の手前にある公園にわたしを促した。

 不思議に思いながらも従うと、少し広めの場所で押していた自転車の両足スタンドを立て、そこにまたがる。そして状況が理解できないわたしをギアガードに立たせ「さあ行くよ~」とペダルを漕ぎだしたのだった。
 でも両足スタンドを立てているから、後輪がカラカラと回るだけで、自転車は一ミリも進まない。

 全て促されるままこんな状況になってしまったけれど、一体なんなんだ、これは……。


「はるちゃんはるちゃん、もっとくっつかないとバランス崩すよー」

 崩すわけがない。だって進んでいないもの。
 公園内に誰もいないことが唯一の救いだ。こんな姿は誰にも見られたくない。

「ほらほら、遠慮せずに」

 言いながら先輩は、肩に置いたわたしの手を握る。その手はほんの少しだけ、汗ばんでいた。

「あの、先輩……。これは何事なんでしょうか」

「何って、公道での二人乗りは違法だから、疑似体験して楽しんでるんだよ」

「ああ、そうですか……」

「自転車二人乗りして下校なんて、王道胸キュンシチュエーションなのにねー」

「ああ、そうですね……」

「こうして運動してから食べるアイスは格別だよ」

「ああ、そうですね……」

 王道胸キュンシチュエーションが現実では難しいとしても、公園で疑似体験は恥ずかしすぎる。ていうか、先輩はペダルを漕いでいるから運動になっているかもしれないけれど、わたしはただ立っているだけ。全く運動になっていない。