やってしまった。嫌われたかもしれない。

 広瀬くんは強豪校の正セッターで、課題を忘れるくらい忙しいのに……。用件もないまま電話なんかして。嫌われコースまっしぐらだ。

 そもそも付き合い始めて何か変わったかといえば、何も変わっていない。
 広瀬くんは一体どういうつもりで、告白をオーケーしたんだろう……。


 投げ捨てた携帯が鳴って、顔を上げる。
 ディスプレイには「着信中 広瀬くん」の文字。

 振られる。絶対に振られる。一年間の片想いがようやく実ったはずなのに、もう振られてしまう。

 迷ったけれど、通話ボタンを押した。

「……はい」

「明音さん」

「……広瀬くん、ごめんね、明日舞踏会だからもう寝ます」

 無駄な足掻き。でもせめて明日まで、別れ話はとっておきたかった。

「は? 舞踏会?」

「じゃあ、おやすみ……」

「ちょっと。待ってください、話しましょう」

「舞踏会のあとじゃだめ?」

「だから舞踏会ってなんですか」

 舞踏会、に特に意味はない。なんとなく浮かんだただの言い訳だ。

 広瀬くんは深く息を吐く。
 わたしはばくばくとうるさい心臓を、どうにか静めようとしていた。告白したときよりも鼓動が速い気がする。

「明音さん、すみません」

「え、いや……はい」

「冷たすぎました」

「いや、課題やってたのに、邪魔したわたしが悪いので……」

「そうじゃなくて」

「え?」

「ここ一ヶ月、せっかく付き合っているのに、それらしいことをひとつもしていない」

「……」

「すみません」

「や、ううん。広瀬くんは忙しいから。練習大変そうだし……ぜんぜん、構わないんだけど……。用件を、焦らさずに行ってほしいなー……なんて」

 動物も人間も、一生で打つ鼓動の数は同じらしいと聞いたことがある。これ以上ばくばくいったら、打ち切って早死にしちゃうかも。
 それを阻止するためには、早く別れ話を切り出してもらいたいのだ。

 広瀬くんは「そうですね」と呟いて、息を吸う。