(朝比奈先輩からのセクハラ生活 その2「汚染されたんだとおもう」)



 朝比奈先輩はピンク色のママチャリを愛用している。本人曰く「元々は母ちゃんの」らしい。
 年頃の男子高校生がピンク色で、文字通りのママチャリに乗っていたら、からかわれそうなものだけれど、そんなことは全くない。
 さすが朝比奈先輩と言わざるを得ない。


 放課後、わたしはそんなママチャリが置かれた駐輪場の前に立っていた。先輩と一緒に帰るためだ。

 一緒に帰るときの待ち合わせ場所はいつもここだけれど、昇降口から校門までの通り道にあるこの駐輪場に立っていると、とにかく目立つ。
 だから前は自転車の裏にしゃがんでいたり、一番奥に隠れたり、少し遅れて行ったりしたけれど、そうすると朝比奈先輩が「おーい、はるちゃーん!」と大声を出すから、余計に目立ってしまう。それからはただ立って待つことに決めた。

 今日もただ立って朝比奈先輩を待っていると、ちょうど前を通りかかった女子生徒たちがこちらを盗み見ながら、ひそひそ話を始めた。


――ほら、あれ、透悟くんの。
――え、彼女?
――違うみたいよ。
――じゃあ何なの?
――知らないけど、いつも一緒にいるよ。
――へえ、透悟くん物好きー。


 会話の内容も、笑い声も、漏らさず全て聞こえた。ひそひそ声の意味がない。むしろ内容を聞かせるために話していたのかもしれない。

 物好き、というのは同感だ。どうして朝比奈先輩は、数いる女子の中でわたしを選んだのか。一年近く一緒にいても、全くもって理解できない。

 勉強普通、スポーツ普通、部活には未所属。スタイルも普通で、美人でも可愛くもない。愛想はわりと悪い方。

 そんなわたしが朝比奈先輩と出会ったのは、一年近く前。高校生活にも慣れて来た初夏のこと。大量のプリントを持って階段を下りていたとき、開いていた窓から雪崩れ込んできた薫風にさらわれプリントが舞った。髪やスカートが靡いた。そのときちょうど階段の下にいたのが、朝比奈先輩だった。
 先輩はプリントを拾うのを手伝ってくれたけれど、集めたそれを手渡すとき「可愛いパンツはいてるね」って。あまりのことに、受け取った大量のプリントで、朝比奈先輩の左頬を思いっきり引っ叩いたのだった。


 ああ、そうか。分かり切ったことだった。数いる女子の中で、朝比奈先輩がわたしを選んだ理由。
 わたしが、人気者の朝比奈先輩が思わずその変態性を見せてしまい、彼の頬を引っ叩いてしまった校内で唯一の生徒だから。

 朝比奈先輩はなんてことをしてくれたんだ。あのとき、その変態性を隠してくれていれば、わたしの高校生活は平凡なままだったのに……。

 そんなことを考えていた、ら……。

「はるちゃん、眉間に皺」

「はっ……!」

 いつの間にか朝比奈先輩が隣に立っていて、さっきひそひそ話をしていた女子たちはそそくさと帰って行った。


「帰るよー。アイス食べて行くでしょ?」

「はい。先輩のおごりですし」

「憶えてたんだねぇ」

 朝比奈先輩はけらけら笑いながらわたしの鞄を取り上げて、自転車のかごに押し込んだ。財布とペンケースしか入っていない鞄は、かごの中でくしゃっと小さくなった。