ようやく呼吸を整えた光平くんは、滝のように汗が流れるびっちょびちょの顔を上げて「悪かった」と言った。
いつもお互い謝罪もなく過ごしていたから、喧嘩のあとでどちらかが謝ったのは初めてのことだった。
「泣かせるつもりはなかった」
「うあ、うん、わたしこそ……泣くつもりはなかった。ごめん」
初めての謝罪は、なんだか恥ずかしい。
「弁当、見た」
「あ、ああ、うん。よかったらみんなで食べて」
「卵焼きだけ食ってきた」
「食べたあとすぐ走るとお腹痛くなるよ」
「うまかった」
言われた途端、かあっと顔が熱くなる。
面と向かって、しかもすぐ目の前でそんなこと言われたら、誰だって恥ずかしくなる。だって初めて光平くんがデレた……!
「ほんとは、他のやつらに食わせたくないんだけどもよ……」
「どうして?」
「だって……」
言いかけて、光平くんは下を向き、口をつぐむ。
汗がぱたぱたと、アスファルトに落ちては、消えていく。
「だって、なに?」
続きを促すと、肩に置かれたままだった光平くんの手に、ぎゅうっと力がこめられた。
「だって……おまえの手料理食って見たくて、挑発したのは俺だから」
「へっ……?」
貴重な光平くんのデレが続いて、わたしは、返す言葉を失った。
じゃあ昨日やたらと絡んできた理由って……わたしの料理を食べてみたかっただけ?
ならはっきり言ってくれればいいのに。ほんっと分かりづらい。挑発なんてしないでストレートに言えば、わたしだって「面倒だけど作ってやるか」と可愛げもなく言っただろうに。
「……じゃあ、戻るぞ」
「う、うん」
肩から離れた光平くんの手が、こちらに差し出され、わたしは素直にその手を取った。
手すらも汗でびっちょびちょだったけれど、可愛げのないことは言わないでおいた。