この人を知れば知るほど、一緒にいればいるほど、わたしはこの人に何一つ勝てないな、と実感する。
 勉強普通、スポーツ普通、部活には未所属。スタイルも普通で、美人でも可愛くもない。愛想はわりと悪い方。料理も掃除も洗濯も、先輩より手際良くできない。

 そりゃあそうだ。
 可もなく不可もなく、三十九点までが赤点だとしたら、必要最低限の勉強をして四十点が取れるような。部活だって、全国大会を目指すような熱血ではなく、ただ楽しくやっていたい。目立つこともなく、かと言って地味でもなく。ごくごく普通に、平凡に生きたい。
 そんな風に思っているわたしが、勝てるわけがないのだ。

 でもせめて何かひとつくらいは、先輩に自慢できることが欲しいと思ってしまった。
 例えばいつでもどこでも作れる得意料理を身につけるだとか。全身にあるツボを覚えて症状に応じてマッサージしてあげられるようになるだとか。掃除の裏技を熟知して家中綺麗に保っておくだとか……。

 まさかあのわたしが――決して多くを望まない、四十点の生活を求めていたわたしが、こんなことを考えるようになるなんて。客観視してみたら可笑しくなって、ふっと噴き出した。

「なになに? 何か見えた?」

「いいえ、何も」

「えー、じゃあ今の何笑いだったの?」

「内緒ですよ」

「えー、教えてよー、はるちゃんってばー」

 わたしの腕を掴んで左右に振ってくる朝比奈先輩を無視して、空を見上げた。

 今まで先輩に秘密にしていることなんて何もなかった。秘密を持つほど中身の濃い生活を送っていなかったせいだけれど。
 だからこれは、最初の秘密。どれだけ時間がかかったとしても、この人に自慢できるようなことができるまでの秘密なのだ。

 いつの間にか、腕にあった先輩の手はわたしの手を掴み、自然と握られていた。
 ふたりとも手の平が汗ばんでいる。振りほどこうと思ったけれど、しばらくそのままにしておくことにした。
 わたしが意外と、先輩との騒がしい毎日を、愛しているのかもしれないと思った。







(了)