「お待たせ」
永瀬くんとじゃれ合い……というか取っ組み合いをしていると、ちょうどそこに皐月くんが現れた。
皐月くんは、お互いの襟元を掴みあっている私たちを見ると、「何してんの?」と少し低めの声で尋ねてきた。
その皐月くんの顔が真顔だったから、私は慌てて永瀬くんの服から手を離した。
絶対野蛮な女だと思われた!!!皐月くんの前ではなるべく女の子らしくしてたのにいいいいいい!!!
と、声にできない悔しさを心の中で叫んでいると、ぐい、と服を引っ張られた。
その少し乱暴な引っ張り方に、最初は永瀬くんだと思ったけど、私を引っ張ったその腕は皐月くんのものだった。
「永瀬、あんまりそういうことしないで。こいつ嫌がってるじゃん」
いや、わざと大げさに怒ったりはしてるけど、別に嫌がってるわけでは……という本心は言えるはずもなく、私は黙って皐月くんの腕の中に収まった。
「はー?いやいや何言ってんの皐月。先に攻撃仕掛けてくんのそいつだから」
「永瀬くんが何言ってんの!!!先に鼻つまんできたの永瀬くんでしょ!!!」
「あれは鼻水垂れてたから塞いでやったんだよ」
「垂れてない!皐月くんの前でそういうこと言うのやめてよ!」
再び私と永瀬くんの言い合いが始まりそうになった時、それを遮るように皐月くんが口を開いた。
「はは、お前ら仲良いな」
皐月くんはそう言って微笑むと、腕の力を抜いて私を解放した。
「永瀬とじゃれるのもいいけど、放課後は俺に構ってくれる約束だろ?ほら、早く準備しろよ帰るぞ」
「あ、うん!」
「んだよ皐月にだけは素直だな」
「うるさい!」
皐月くんに促され、慌てて鞄を取りに行った私には聞こえなかった。
「永瀬……」
皐月くんが、去っていく永瀬くんの背中を恐ろしい眼差しで見つめながら、人の声とは思えないほど冷酷な声で彼の名前を呼んだ。
それが、私には聞こえなかった。
