そろそろ出発ゲートへ向かう時間だ。
 私はロビーの椅子から立ち上がった。


「僕は、あなたを待っています。もし、あなたから連絡があれば、必ず迎えに来ますから」
 彼は椅子から立ち上がると、そう言って私の目を真っ直ぐに見た。


「はい。あっ、私、日本の携帯電話は解約したので繋がりません」

 長期で海外へ行く為に日本での携帯は解約した。
 
「じゃあ、僕の連絡先は?」


「ちゃんと控えてありますから、大丈夫です」
 私は笑顔で彼を見た。


 お礼を言おうとした私の腕を彼が突然掴んだ。
 力強いけど、優しい手だった。


「一度でいいです。無事に着いたら必ず連絡下さい。知らない国です、危ない所には絶対に行かないで下さい」

「はい。分かりました」
 私は笑顔で肯いた。


「夜は一人で歩いてはダメです。悪い人に連れて行かれちゃいますから……」


 彼は解っていない。
 私だってあなたの事心配しているんだけど……


 私は不安そうな顔をする彼の耳元にすっと近づいた。


「都会には悪い女が沢山います。連れて行かれちゃダメですよ!」

 私はそう囁くと、彼の頬に軽く唇を当てた。


 このくらいはいいよね?
 彼が悪い女に騙されないおまじないだ……


「それじゃあ、お元気で! ありがとう!」

 私は、ぼぅーっとなってしまった彼に向かって大きな声で言った。

 彼は我に返ったようで、私に大きく手を振った。


 私は一年の留学と決めていた。

 私は彼が待っていてくれるここに、必ず帰ってきます。

 待っていて下さい……


 ありがとう…… 銀行員さん…… 

 いいえ、私の好きな人……