英会話の日が来た。
 私はいつもの通り喫茶店の中へと入り、カウンターでトマトパスタを注文した。


 私は何故、留学の話を彼にすぐに言えなかったのだろう?
 別に反対だってしないだろう?

 常連客と笑って話なしながらもそんな事を考えていた。

 窓の外に彼の姿が見えたので、私は奥の席へと移るため席を立った。
 すると、カウンターの周りに居た客もそれぞれ席に着き、本を読んだり、書き物を始めたりした。



 いつものようにレッスンがはじまり、時々笑いなながら充実した時間が流れた。

 私はいつ、留学の話をしようかと伺っていたのに……


「あの…… お話しがあるんです……」
 彼が先に真剣な顔を私に向けてしまった。


「はい! 何ですか?」
 私も話があったので戸惑ってしまったのだが……


「実は…… 異動が決まりまして……」


「えっ。何処へ?」


「東京です」


「東京? 遠いですね……」
 私は意外な言葉に、何故か気持ちが沈んだ。


 何故だろう? 私はもっと遠くへ行こうとしているのに……


「ええ」
 私はこの異動が、彼にとってどういう事なのか知りたかった。


「その異動は、海原さんにとって良い事なんですか? すみません。私、銀行の事とか良く分からなくて……」


「ええ…… 周りからは、栄転だって言われています。僕も、正直驚いています」


「そうなんですか! 良かったぁ。海原さんにとって良い事なら、嬉しいです」
 私は彼にとって良い話だと分かるとほっとした。


「でも…… 英会話が出来なくなってしまうんです。すみません……」


「いつ、異動なんですか?」


「来週末です……」


「急ですね……」

 ああそうか? どっちにしてもお終りだったんだ……


「あの……」
 彼はコーヒーカップを手にしたが空だったようで、慌てて水を一口飲んだ。


「はい」
 私は何か大切な話のような気がして、姿勢を正した。


「あの…… あの…… 僕はあなたが好きです」