<ああ!  そうだ!  クレア家のソニア!  この娘の身体を返して欲しいと言っていたな!>
 
 突然話しかけられてソニアは、クリスを庇いながら身体を向ける。
 
 今やファーンズではなく勿論、パメラでもない――悪魔・バフォメットに。

 <取り引きだ。貴様の身体を私に譲るなら、この娘から離れてもいい>

「……本当に?」

 <この娘の身体より、財のある貴様に乗っ取った方が良いだろう。ソニア、貴様だって自分は富と名しかもっていない、ただのお飾り人形だと気付いているのだろう? 家名の為に自分の意に添わない結婚をして、一生、財産と荘園の管理だ。そんな寂しくてつまらない人生を、まだ十代から送らなくてはならない。それで良いのか?――良くないだろう?  だったらさっさと昇天して、新しい人生を一から始めた方が幸せだろうに>

「……パメラを五体満足に、無事に返してくれる?」

 <悪魔だとて、全ての約束を守らないわけではない。富と名と――その瑞々しい身体と代価以上なのだ。この娘の身体と魂は、傷一つなく無事に返そう>
 
 ゆっくりとソニアは立ち上がる。
 
 眼差しをそらさないで、パメラの姿のバフォメットを見据えた。
 
 ソニアの顔には、何の感情も浮かんでいない。
 
 だが、バフォメットには分かっていた。
 
 ――これは覚悟を決めた顔だと。
 
 ソニアが一歩前に出た。

 つられ、バフォメットも前に出る。

 <――さあ、クレア家のソニア……>
 
 パメラの身体を通し、バフォメットが両手を差し伸べる。
 
 ソニアの両腕が、ダンスのエスコートを受けたように軽やかに優雅に上がった。

 


 ――その手に、聖水に変化させた化粧水を持って。