「ソ、ソニア……! 丁度良かった! 今から迎えに行こうと思っていたんだよ。すまないね、どうしても離れられない用事があったんだ」
 
 そう言いながら、セヴランはソニアの手を引いてその場を離れようとする。

(その間に、東屋にいる女を逃がそうとするの?)
 
 ソニアにはそう取れた。
 
 だからセヴランの手を払い、闇の先に隠れようとする女に声をかけた。

「お待ち下さい! お話しは全て聞いておりました! 貴女はそれで良いのですか? 好きな人が好きでもない人と結婚するつもりなんですよ?」
 
 そうソニアが言っても女は振り返らずに、早足で逃げていく。
 
 引きずるほど長いドレスの裾を持ち上げ、不安定な足取りだ。 
 
 ヒールがとんでもなく高い。
 
 そして細いからだろう。
 
 こんな靴を履いていれば全速力は無理だ。

 いや、全速力で走る、という行為そのものを貴族の淑女が行うかどうかだ。
 
 しかし、ソニアは長い修道院生活で踵の低い靴しか履いたことがない。
 
 なので、この舞踏会でも慣れた踵の低い靴で出席していた。

 しかも足腰には自信がある。

(踏ん張ってモップ掛けをしていた修道院生活をなめるな!)
 
 ――今、ここで出さなきゃ何処で出すの? と、見当違いの場で実力を発揮しようとソニアは走る。
 
 鍛えた足腰が功を奏したのか、あっという間に差が縮まり女はソニアに捕まった。
 
 ソニアは女に
「好き合っているなら、どうしてセヴラン様に反対をしないのですか? お金って言っていましたけど、何か困窮している訳でもあるのですか?」  
そう立て続けに尋ねる。
 
 薄ら闇の中、ソニアに振り返った女は、化粧で縁取った瞳を大きく開く。

 まるで変わったものでも見ているように。
 
 ソニアも泣きたくなるのを必死に耐えて彼女を見据えた。