――でも
 
 クリスは既に王太子妃を想っている。

(私は……クリス様をお慕い始めている……)
 
 一方通行の想いのままに結婚なんて出来ない。

「クリス様はだから……私に色々な方々と交流しろと? そしてクリス様は――」
 
 王太子妃と――?
 
 私は王太子妃と会うための、隠れ蓑にするつもり……?
 
 後から後から疑惑が湧いて止まらない。
 
 独りよがりの思い込みと分かっていても、溢れた疑惑は心だけに止まらず、身体に浸透してきている。
 
 ソニアは震える身体を自分で抱き締めた。
 
 寒くないのに酷く震える――衝撃が支配する身体は、自分で抑えることが難しい。
 
 それは過去に家族を亡くした時によく知っていた。

「パメラ……!」
 
 堪らず泣き叫びパメラに寄り添う。

「可哀想に……ソニア……」
 
 パメラがソニアを抱き締め、優しげに彼女の背中を撫でる。

「……ねえ、ソニア。もう、クリスフォード様と縁談を破棄したら?」
「でも……この縁談はパトリス王が決めたものだもの。私の一存では決められないわ……」
「何をいっているの! クレア家は国随一の財力を持っているじゃない! 時代が動けば貴女の家がこの国を支配していたのよ? そんな家の貴女の意見を無下にするなんてしないわよ」
「でも……」
「ソニア、王に申しあげるべきよ。そうして、貴女自身が長いことずっとお慕いしていたセヴラン王子と今度こそ……」

「パメラ……」
 
 そう説得をするパメラの笑みが、いやに陰湿なのにソニアは気付いていた。

 
 だけど――その時は夜の陰影のせいだと、そう思い込んでいたのだった。