パサっと座り込んだままの華にコートがかけられた。

 見ると自分のコートだった。

 渡してくれた人を見上げると、目に映ったのは…南田だった。

 どうして…。

「君が外に出たことは黙認していた。
 寒いのに帰らないとの思いでコートを拝借して来てみたら、まさかあんなことになっているとは…。
 遅くなって悪かった。」

 そんなこと…。

 ホッとした安心感と思わぬ優しい言葉に我慢していた涙が後から後からこぼれてしまった。

 頬をつたう涙が温かく感じるほどに体が冷えていた。

 そんな華の頭の上から何かを被せられた。

 南田のコートのようだった。
 座り込んだ華をすっぽりと包んで隠してしまった。

 な…。どういう…。泣いてる女は見たくないとかそういうこと?

 ショックを受けても一度流れた涙は止められなくて、そのままでいるより他なかった。

 それでも南田は華のすぐ近くにいてくれた。


「ねぇ?あの人かっこよくない?」

 道行く人の話し声が聞こえる。
 やっぱり南田は目立つようだった。

 寒空の下、黙って立っているだけで…黙って立ってるだけだからこそ、その風貌が注目される。

「一人で認証の機械の前にいるよ?
 キス待ちじゃない?」

 何よ。そのキス待ちって…。

 華の疑問もおかまいなしに若そうな声が近づいてくるのが足音と話し声で分かる。

 その子たちには華はコートで完全に隠れていて見えないようだ。

「すみません。キス待ちですか?」

「いや。そのようなものではない。」

 怪訝そうな南田の声がした。

 キャーかっこいい!と近づいて来た子たちは騒いでいる。

「認証の機械の前に立ってキスしてくれる人を募集するのが、今流行ってるんですよ!」

 うわぁ。乱れてる!若いなぁ…。

 華は他人事のように感心する。
 自分だって若いはずなのに、まるでお婆ちゃんのような気持ちで女の子たちの会話に耳を傾ける。

 南田に近づいて来た子たちは相変わらずキャーキャー騒いでいる。

「キス待ちじゃなくてもいいんで、私たちと認証しませんか?」

 キャー!と騒ぐ声で耳が痛い。

 認証?それってキスしましょうってこと?どれだけ乱れてるのよ!

「間に合っている。」

 素っ気なく言った南田に女の子たちはますますかっこいいだのクールだの言いながら騒いでいる。

 そうだよねぇ。
 南田さん放っておいても女の子が向こうから寄って来るほどに、女の人には事欠かないよね…。

 自分は泣き顔を見たくないって理由でこんな惨めな姿をしたまま、南田さんのモテててる口説かれ真っ最中を聞かなきゃいけないなんて…。

 虚しくなって抱えていた膝をぎゅっと抱きしめた。