振り向くとその人は寺田だった。

「派遣は使い捨て」と言った人だと思うと苦々しい気持ちでペコッと会釈だけした。

 ふわっと心まで温かくなった気がしたコートもこの人のじゃ借りたくない気持ちになって返した。

 「遠慮しなくていいのに…」と言う寺田に、遠慮っていうかキモイんです!と言ってやりたい気分だった。

 嫌いな人がすると心遣いが一気に、かっこつけてるだけって思えちゃう。

「奥村さん…だったよね?」

 はい…と小さく返事をする。

「南田はどう?」

 どうって…。

「厳しいですけど…日々、勉強になってます。」

 それは本当だった。

 南田の要求は厳しいものだったが、やり甲斐を感じられていた。
 飯野に教わる機会を与えられて、知識も増えた。

 たとえ、それが華のキャリアアップのためで、そのキャリアアップが南田の評価を上げるためだったとしても。
 やっぱりありがたいことだった。

「ふ〜ん。で、キスもいいわけ?」

 え?と思う間も無く壁に押さえつけられた。

 皮肉にもそこには認証の機械がある。

「なんのことを、おっしゃられてるのか…。」

「とぼけても無駄だよ。俺、見ちゃったんだ。奥村さんと南田がキスしてるところ。」

 う…。だから外での認証なんてするもんじゃないのよー!
 しかも今はそんな間柄でもないのに…。

 そう思うと虚しくなった。

「でも、寺田さんにはそのことは関係ないんじゃないですか?」

 そうだよ。なんでこんな状況になってるのか分からない。

 だってこの状況、無理矢理キスされちゃう感じでしょ?

 嫌な想像を急いで打ち消す。

「奥村さんは知らないの?会社で社員の認証率が分かるだよ。直属の上司はね。」

 知らない…。
 でもだからって、この状況はおかしい!

 逃げ出そうとしても寺田は、びくともしない。
 それどころか口の端に笑みまで浮かべている。

 もがく華をあざ笑うように寺田は話し続ける。

「それで認証率が低い南田は上司から注意されるダサい奴だったのさ。認証率を注意されるなんて…。ククッ。」

 うわ…。嫌な奴。

 そしてこれがキス税の闇。

 認証率が低いとダメなんて…税金を収めればいいじゃない!

「それなのに前に褒められてておかしいなと思ったんだ。」

「人のことなんて、どうでもいいじゃないですか。寺田さんに南田さんの認証率なんて関係あります?」

 ハハッと馬鹿にした笑いが寺田への腹立たしさを余計に助長させて、華は寺田にますますの嫌悪感を募らせていく。

「あいつがモテないのはいいことだけどな。あいつの認証率が上がると色々と面倒なんだよ。」