「おぉ。おはよう。今日は来ないかと思ったよ。」

 前にも誰かにそんなこと言われたな…。

 華はぼんやり思っていると飯野はため息をついた。

「南田はなぁ。嬢ちゃんは誤解しないでやってくれ。少なくとも…奥村さんを思って、わしに教育係を頼んだんだから。」

 飯野も何か知っているような口ぶりだ。

「もしかして大学生の頃も同じようなことが?」

 華の質問にまた飯野はため息をついた。

「そうだ…。大学の頃が発端だな。
 …南田のことはあぁいう奴だし、他の奴が色々と言うかもしれん。
 でも…自分が思う南田を信じてやってくれ。」

 自分が思う南田さん…。

 華は何度かその言葉を反芻して飲み込んだ。

 午後からは南田も席にいて仕事をしていた。
 それなのに心労からだろうか、南田らしからぬミスが続いた。

 華は見ていられなくなって口を開く。

「あなたは無能なのですか?」

「は?」

 南田の声に苛立ちが色濃く出ている。それでも華はやめない。

「無能ですよね。ご自分に身に覚えのない誹謗中傷に心惑わされるなんてガッカリです。」

 ハンッっと鼻で笑ったような音が聞こえ、眼鏡がズレてもいないのに押し上げられた。

「君に無能な印象を与えたとは心外だ。
 はなはだおかしい。」

 何よその日本語!

「そうですか。じゃ今日は残業なんてしなくて帰れますよね?」

「言わずもがなだ。」

 すっかりいつもの南田に戻った姿を見て、やっぱりあの眼鏡は変換スイッチがついているんだなと心の中で納得した。

 定時になると二人揃って職場を後にした。

 会社のビルの前で「じゃ」と南田は華に背を向けた。

 分かっていたことなのに胸がズキッとする。

 契約は解消されたのだ。