ヘルプデスクへ向かう途中。つい不平不満が口を出る。

「そりゃ天才くんですもんねー。参考書とかいらないですよねー。」

 昔、使っていたと渡された不必要なそれは新品同様に綺麗なものだった。
 綺麗なまま使わなくても大丈夫なほどに有能だと言われているようでカチンとした。

 ヘルプデスクへ行って、またそこの人たちに冷ややかな目を向けられてから奥の扉を開けた。
 それでもその冷ややかな視線は朝が早いため数人しかいなくて助かった。

「おぉ。おはようさん。今朝はずいぶん早いな。」

 にこやかな笑顔を向ける飯野に「今日もお願いします」と挨拶を口にして隣の席に座る。

 飯野は華が持って来た本を興味深そうに眺めた。

「こりゃ懐かしい。わしが大学で教えていた頃に使ってたのと同じだ。南田に勧められたのか?」

「大学?飯野さんは大学で教えられていたんですか?」

 ハハハッと笑うと目がなくなって、優しい顔つきの飯野はますます優しい顔になった。

「そうだよ。南田とはその時からだ。客員教授として教えに行くこともあってな。
 その技術書はその時に南田も使っていた。」

 そっか…。飯野さんは大学生の南田さんを知っているんだ。

「どんな学生でした?」

 何気ない質問だった。それなのに飯野は目を丸くした。

「あやつはあぁいう風だから誤解しないでやって欲しいが。色々とあったみたいだ。
 それでも熱心に勉学に励んでいたぞ。その技術書がボロボロになるほどに読んでは書き込んで。」

 ボロボロに…なるほどに?

 華の手の中にある技術書はピカピカだ。

「これ…南田さんが使っていたやつで、もう必要ないからって。」

 飯野は、やれやれという顔をして技術書の背表紙を指差した。

「わしは老眼でダメだ。ここら辺に書いてないか?」

 背表紙の辺りをよく見ると裏面に増版と小さく書かれていて何度も増版されたことが分かる。
 そこにこの本の増版された日にちが書いてあった。

「え?これって…3ヶ月前…。」

 3ヶ月前に増版された本を大学の時に使えるわけがない。

 急いでページを開いてみると新品でページは固く、折り目さえついていない。
 そして開いたページからは新品の本、独特のにおいがした。

「気づかないフリをしておいてやるのも嬢ちゃんの優しさだ。」

 にっこり笑う飯野は昨日の続きから丁寧に教えてくれた。