「そういえばそのことについては、ずいぶん前に会社に報告してある。」

 そのことがどのことか分からない…。

「キス病の抗体を持っているか手軽に検査できる機械の開発が必要ではないかと。
 既に試作品を発表できる段階だ。」

 こういう機転の利き方が有能たる所以なのかな。

「明日のニュースではそのことが取り上げられるだろう。」

 散々、議論をしていたせいで、すっかり注文を忘れていた。
 華はメニューを開く。

「お腹空いちゃいました。何か食べませんか?
 昨日ご馳走してもらっちゃいましたし、ここは私が払いますから。」

 華の話を聞いていないのか、南田は無言だった。
 その無言の顔はすぐ近くにある。

「な…どうしました?」

 急いでメニューで顔を隠すと、南田にメニューを取り上げられた。

「食べてからでは気になるようだったので、その前に認証したい。」

 どうしてそういうことを無表情で言えるのかな…。
 理解したくない内容の時は理解できる言葉だったりするし!

「まだ契約は締結していないと思います。」

 わざと南田の言い方を真似て発言する。

「締結していないとは…いかなることだ。」

 華は息をついて動揺しないように努めて口を開く。

「まず、所構わず…はやめてもらえますか?」

 もう毎日南田さんとキスをするのは諦めた。

 今は付き合ってる人がいるわけでも、好きな人がいるわけでもない。

 変な人だけど南田さんのこと憎めないし。
 でも、自分の意見もちゃんと言っておかないと…。

「それは理解している。」

 そうだよね。きっとその配慮が会社帰りの個室なんだろうから。

 南田は眼鏡を外しながら、また近づいてくる。

「これも外した方がいいことは理解した。」

 華はドキッとして声が上ずる。

「でもそれじゃ今からしますよ!って宣言されてるみたいで嫌です。」

 はぁとため息をついた南田は、理解できない。昨日は眼鏡が…と言っていたじゃないか。と言いたげだ。

「では、どうするのか。」

「そんなの私が分かるわけないじゃないですか。
 眼鏡かけた人とキスしたことなんて…。」

 眼鏡をかけ直して顔を上げた南田が、また近づきながら話し出す。
 もう先延ばしにする理由が見つからない。

 南田さんとキスするのは諦めたなんて本当にそれで良かったのかな…。
 そんな思いがグルグル回る。