次の日、職場に来た奥村に声をかける。

「君のデスクはこっちだ。」

 驚いた顔の彼女を自分の席まで連れていく。
 そこへ部長がやってきた。

「すまなかったな。
 奥村さんと派遣の加藤さんがこちらの手違いで入れ替わっていたみたいなんだ。
 奥村さんは南田くんとが正式なペアだ。」

 部長の言葉を受けて南田は決めていた言葉を口から滑り出させた。

「現実は君が想定しているよりも厳しいんだ。
 残念だが僕は生半可な優しさは持ち合わせていない。」

 彼女の表情が微かに怯えた表情にも見えたが致し方ない。
 こうするしかないのだ。

「奥村さん。これを聞きたいのですが…いえ。すみません。大丈夫です。」

 このような関係のない派遣社員が何人も奥村を訪ねて来た。
 吉井が不満を言っていたのはこのことかと、すぐに理解した。

 奥村は優し過ぎるのだ。

「君の容易さは途方もない。」

 奥村さんはその優しさにつけ込まれ過ぎている。

 南田の仕事は車関係の部品設計だった。
 全く別の製品の仕事に奥村は戸惑っていうようだ。
 そして確実に今までの疲れが出ていた。

「該当の製品はシボ加工をするため…。
 おい。耳の性能まで不良をきたしているのか。」

 反論すらしてこない。
 何か声をかけようとすると、二人の間に昼休憩を告げるチャイムが流れた。

「解せないが、致し方ない。」

 南田は席を立ちその場を離れた。

 何を言おうとしたのだ。
 僕が下手な優しさを見せては彼女がダメになる。
 そして周りに変な目で見られるのも彼女だ。

 南田が奮闘する傍らで、最近、周りではキス税の新しい噂話が溢れていた。

「政府は反対派の人が賛成するようにハニートラップみたいなのを仕掛けてるらしい。」

 ハニートラップか。
 僕は大丈夫だが、奥村さんは案外引っかかったりしないだろうか。

 甘い言葉に…弱そうだ。
 かといって、僕がそんな言葉をかけられらるわけもない…。
 どうしたものか。

 この件についても対策しなければと南田は胸に刻んだ。