グラスを手に取った奥村が思い出したように口を開いた。

「そう言えば、これ。」

 奥村は鞄と一緒に持っていた袋を渡した。

「男の方はどういう物がいいのか分からなくて思い悩み過ぎて結局ケーキです。
 甘いもの苦手だったらすみません。」

 袋の中にはケーキの箱が入っていた。

「気を遣わせたな。甘い物は好物だ。
 コーヒーを淹れよう。」

「え、でも…。」

「遠慮するなインスタントだ。
 僕が飲みたい。」

「ではお願いします」の言葉を聞き終わる前に南田はキッチンへ向かっていた。
 
 程よく甘いケーキは南田の心を和ませた。

 そして手土産をかなり迷った様子が先ほどの会話からうかがえた。
 それだけで沈んでいた心を浮上されるのには十分だった。

 ケーキを食べながらの話題は今朝のニュースについて。

「キス病…。対策されていましたね。
 反対派の人が反対する理由が無くなっていっちゃいます。」

 残念そうな声を上げる奥村に南田は意見した。

「君はこの制度の廃止を所望するのか。
 まぁ…プライバシーの侵害だという見解には異論はないが。」

 やはり僕との関係は終焉を迎えてもいいようだ。

 南田はまた心を曇らせることになった。

「この制度によって我が社の業績も飛躍的に伸びている。」

 会社など本心ではどうでも良かった。

 奥村がグラスのオレンジジュースを手に取ってストローに口をつける、今のこのひと時の方が大切だった。

「それに…。
 その余波で君が柑橘類の飲用を所望する事態になっている。
 それについては愉悦を覚える次第だ。
 しかし…。コーヒーは苦手だったか?」

「そんなことないんですけど、難しい言葉ばかりで…。
 その上コーヒーを飲んだら頭が痛くなりそうかなって。」