しばらく経つと奥村が店から出て南田の方へやってくる。
 その姿さえ愛おしいのに素っ気なく口を開いた。

「おい。凍死させるつもりか。」

 カチンとしているのが奥村の顔に出ている。

「1日に1回だけというのも取り決めにしてください。」

「緊張しないようにというのを考慮した当然の結果だ。」

 そういうことにしておいてくれ…。

 思い出せば動揺してしまいそうな先ほどの出来事を見ないようにして「行こう」と南田は歩き出した。

「あの…どこへ向かってるんですか?」

 奥村の質問に振り返り南田は当然のことを言うような口ぶりで話した。

「僕のマンションだが?」

 もうこのまま離したくない気持ちだった。

 急に鍵を渡そうとしたことは多少思い切り過ぎていたが、いい提案だった。
 そんなことまで思っていた。

「! 行きません!行くなんて言ってません。」

 奥村に抗議され立ち止まると腕組みをして見下ろした。

 嫌だ。何がなんでも連れて帰宅したい。

「明日は土曜だ。
 どのように対顔するつもりだ?」

 曜日まで僕に味方をしているではないか。
 必ず連れて帰宅する。

 南田は無表情を崩さずに続けた。

「いつかお邪魔させてください。
 と言っていた。
 それなら今からが、うってつけだ。
 そのまますぐに明日の認証ができる。」

 少しでも同じ時間を過ごしたい。

「無理です。無理無理!
 お泊まりなんてそんなこと…。」

「君は杞憂が過ぎる。
 捕食する予定はないと言ったはずだ。」

 予定はない…はずだ。

 どんなに言葉を重ねても
「今日は帰ります」
 の一点張りで仕方なくアパートまで送り、帰られてしまった。

 南田もマンションに帰った。

 ソファに座りホッと息をつくと奥村の顔を思い出す。

 ずっと…あの飲み会の後からずっと向けて欲しいと願ってやまなかった柔らかな笑顔。

「いっそ…捕食してしまいたかった…。」

 両手で顔を覆うと、ハァーとため息をついた。