「不特定多数の人と接触しなくても、既にキス病の抗体を持っていたら、なんの意味もないですよね?」

 そうだ。その話をしたかったのだ。

「そこは当然の礼儀として検査済みだ。」

「え…。私は検査なんてしてませんけど…。
 南田さんの結果はどうだったんですか?」

 そうか…彼女は自分が陰性か陽性か知らないのか。
 まぁ知らなくても関係はないが…。

 南田は自分の結果を口にする。

「陰性なのは言うまでもない。」

「陰性ってどっちが陰で陽なのか分からないです!」

「抗体を持っているわけがない。」

「日本人の90%ですよ?本当に10%の方なんて。
 …そんなことより私が抗体を持っていたら感染するんですよ?
 大人になってからだと重篤化するって…。」

 良かった。思った通りの子だったようだ。
 僕を心配してくれている。

 南田はホッとして、つい本音が口から滑り落ちてしまった。

「そうだとしたら幸甚の至りだ。」

 しかし南田の声が小さいせいなのか、難解な言葉で言ったせいなのか、奥村には意味が届かなかったようだった。

「大事なことです。
 きちんと話し合えるように難しい言葉を使うのはやめてください。」

 そこは無意識なのと敢えてなのもある。
 指摘されても正すつもりはない。

 南田は気持ちを悟られないために、わざと使っている部分もあった。

 そのため話をすり替える。

「もう遅緩だと言っている。既に何度かしているんだ。
 感染しているのなら既にしているはず。
 考えるだけ無駄というものだ。」

「ちかん?」

 その響きは確実に「痴漢」の方を想像してるだろ!

「遅緩だ!遅く緩やかと書く遅緩!」

 やれやれとため息をつく。
 痴漢行為だと思われては身も蓋もない。

「そういえばそのことについては、ずいぶん前に会社に報告してある。」

 奥村の返答がないため、南田が続けて話した。

「キス病の抗体を持っているか手軽に検査できる機械の開発が必要ではないかと。
 既に試作品を発表できる段階だ。」

 このことについては奥村さんと認証しようと思い立ったことから始まる。
 この子に感謝しなければな。

 そう思っても感謝を素直に口にすることは出来ず、別の言葉が転がり落ちた。

「明日のニュースではそのことが取り上げられるだろう。」