しかし…。女の子一人を残業させるなど、どれほど無能な上司なのだ。

「…残業など無能な奴がするものだ。」

 つい心の声が漏れる。

 無能な上司の下にいるこの子はずいぶんと頑張っているようだ。

 しかし南田の思いは上手く伝わっておらず、奥村は冷たい声を発した。

「えぇ。私は無能ですから。失礼します。」

「おい。どこへ行く。
 そっちに出口はないはずだ。」

 何故、急に離れて行ってしまうのか。
 まだ僕らの問題は解決していないはずだ。


 どこまでも行ってしまう奥村に南田は焦って声をかける。

「おい!足の前後運動を中断しろと要求している。」

 何を言えば止まると言うのだ!

「奥村華!」

 この際、実力行使だ!

 南田は手をつかんだ。
 そして認証の機械が視界に入る。

 もうどうにでもなれ!と、ゆっくり顔を近づけた。
 
 振り払わない奥村にそのままくちびるを重ねた。
 自分の気持ちに抗えなかった。

 これで嫌われてしまうのなら、もう一度だけ…。

 そんな浅はかな思いが頭を巡った。


 南田は奥村のつかんだ手をそのまま持ち上げて認証させた。

 もちろん南田のも。

 ピッ…ピー。「認識しました」機械の音声が響いた。

「どうしてこんなこと!」

 憤慨した様子の奥村は南田の腕を振り払うと今度こそ出口へ向かって行ってしまった。

 社内で二度も…。僕は何をしているのだ。

 自分がこれほどまでに衝動的に行動する人間だとは思いもよらなかった。

 先ほどは、これで嫌われるなら…と思っていたくせに彼女に嫌われてしまうのは許容できない思いだった。