「僕と契約しないか?」

 突然の提案に言葉を失って、その人をついまじまじと見る。

 こんな間近でしっかり見たのは初めての気もする噂の人。

 その噂の南田は華にこう続けた。

「高い税金を払うのを躊躇しているんだろ?
 悪い話じゃないと思うんだが?」

 南田が言っているのは医療費軽減税のことだ。

 通称キス税。

 医療費削減を叫ばれる現代。

 政府は医療費軽減税なるものを打ち立てた。まことしやかにささやかれていた

「キスをすると免疫力がアップする」

 という学術的根拠も怪しい説が採用されたのだ。

 キスする者は税金を免除され、しない者は税金を払わなければならなかった。

 僕と契約しないか?の前に華は衝撃的な言葉を言われていた。
 衝撃的過ぎて耳を通り抜けていたが。

 返事を待っている南田が無表情のまま怪訝そうな声を出した。

「聞こえているのか?
 キス税を払うのが嫌なんだろ?
 だったら僕と契約して僕としたらいい。」

 空耳だろうか。おかしな話が聞こえてくる。

「おい。奥村華。…沈黙は了承とみなす。」

 なんの前触れもなく、いや…あったのだが、南田はかがんで華と視線を合わせ、そして軽く触れ合わせた。

 くちびるを。

 ピッ…ピー。南田が押した機械が反応して「認証しました」と音を出した。

 それとともに反射的に華は南田を力いっぱい押しのける。

「なっ…。」

 無表情が微かに変化した気がしたのは気のせいなのかもしれない。

 走り去る華に「おい。認証しないでいいのか?」と後ろから聞こえた。