【完】君しか見えない



あれから楓くんはお見舞いに来るたびに、私の車椅子を押して外へ連れ出してくれた。



今日の散歩コースは、桜並木街道だ。



段差に気をつけながら、できるだけ揺れないように車椅子を押してくれるから、乗っていてすごく心地が良い。



頭上を見上げれば、まだ葉を纏っていない寒そうな桜の木が、道に沿ってずらりと並んでいる。



灰色と水色が混じったような空が、木の間から顔を覗かせていて。



「ここ全部桜が咲いたら、すっごく綺麗なんだろうねぇ」



「春になったら、また来るか」



桜が満開に咲き乱れる景色を思い浮かべながらつぶやくと、頭上から落ちてくる穏やかな声。



「いいの?」



「だから、リハビリしっかり頑張れよ。
で、さっさと退院しろ」



後ろから乱雑に頭を撫でられ、私は顔をほころばせて「うん」と頷く。



楓くんと春を迎えられるなんて夢みたいだ。