母の部屋に、荷物はなにひとつ残っていなかった。
母と父の度重なる口論を聞いていたこともあり、幼いながらにも母が出て行ったことを悟った。
『もう、おかあさん、かえってこない……っ。
ぐすっ、やだよおかあさん、ぼくをひとりにしないでっ』
フローリングに座り込んだまま、わんわん泣いていると、不意に温もりに包まれていた。
それは、十羽の温もりだった。
小さな手をめいいっぱい広げて、抱きしめてくれていた。
『悲しいね、悲しいねっ……』
『うぅ……っ』
『かえでちゃん、とわがそばにいてあげる。
かえでちゃんが悲しいときは、その分とわがとなりで笑っててあげるっ』
『とわちゃん……』
自分より泣きじゃくっていて、でもそれを隠そうと、必死に涙声を張り上げる幼なじみ。
抱きしめてくれている、それだけですごく安心して、また涙が込み上げて来て。
決して、独りじゃなかった。