「楓くんのばか……」 小さくつぶやいた声は、だれに届くでもなく、お鍋のグツグツと煮込まる音に負けて消えた。 ──昨日のキスを、吹っ切れたわけじゃない。 でもなんの意味もないキスだったのだから、楓くんの前ではなにもなかったように振舞おうとしてたのに、そんな努力も嘲笑うかのように、楓くんはいとも簡単に心を乱してくる。 好きだよ、どうしようもなく好き……。 ぎゅっとお玉を握りしめ直すと、気持ちを押し込めるように、ハヤシライスを再びかき混ぜ始めた。