あぁ、もう、なんでこんな空回り……。
「十羽さぁ、」
自分の失態に恥ずかしくなって楓くんに背を向けてうつむいていると、やけに冷静な声がすぐ近くから聞こえてきた。
「男の家にあがっておいて、違う男の話しすぎ」
「へっ……」
声がした方を見れば、いつの間にか隣に立っていた楓くんが、流しの淵に手をつき、じっとこちらを見つめていた。
眼鏡ごしに見える、まっすぐで憂いと熱を帯びたその瞳に、否応なしに心を射すくめられる。
一瞬にして世界中から音が消えた、そんな感覚に陥る。
楓くんを見つめたまま身じろぎできないでいると、流しの淵についていた楓くんの手が、こちらへ伸びてきた。
そして、お鍋をかき混ぜている途中で固まっていた私の手を取り、私の手ごとお玉を自分の口に寄せ、ハヤシライスを啜った。


