むーんりっと・りゆにおん(仮)



その日は満月だった。

夕刻を過ぎた秋葉原の空は、黒く濁った灰色雲が通り過ぎた後だった。

折りたたみの傘を入れた手提げ鞄を軽く叩いて俺が向かったのは、三姉妹の行きつけの店。世界的に有名で賑やかな電器街とは真逆の、秋葉原駅の北東側にひっそりとたたずむ、小さなカフェだった。

入口に看板はなく、目印を知らないと、そこが店であるとは気づきにくい。壁と同化するように白塗りされたドアには、同じく白く塗られたカウベルと【本日貸切】と小さく手書きされた白木のプレートが掛けられていた。

思わず苦笑で崩れた顔と気を引き締め直し、ドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

驚きのあまり、思考が停止した。そこはまるで、昭和の時代にタイムスリップしたかのような、レトロという言葉がぴったりな空間だった。

ドアのそばに姿勢よく立っていた、一見しただけでは店員とも店長とも判断つかない女性のおだやかな挨拶は、耳を素通りしていた。