「都(みやこ)さん、ですか?」
「そう、松下都先生」

* * *

みゃーこ先生こと松下都は、子供のころの俺の担当看護を自ら買って出てくれた女性だ。赤みがかった茶髪のショートカットで瞳が大きい美人だが、天真爛漫(てんしんらんまん)で明朗快活。そしてはた迷惑なほど世話好き。それでいて、説明のつかない不可思議な雰囲気をその身にまとっていた。

当初、俺はこの准看護師の厚意に嫌気こそ差さないまでも、心を開くまでには至らなかった――のだが。

それは、入院して二日目の夜に一転した。

その日、夜勤担当だった都は、消灯後の見回りで俺の病室に入ってくるとすぐに俺のそばまでやって来て、
なぜか数秒の間を置いてから、寝ている俺を揺り起こそうとした。

「…………。――おっといけない。ときや君。とーきーやーくーん」

この個室は防音加工がされていて、ドアが閉まっていると音がほとんど外に洩(も)れない。だからこんなふうに、どこぞの寝起きレポーターのように小声で話す必要は一切ない。

ちなみにこのとき。俺はまったく眠れていなくて、都が近づいてくる気配をしっかり感じながら、タヌキ寝入りを決め込んでいたのだが。

「ときや君、起きてるんでしょ? 子供のころからタヌキ寝入りなんてしてるとね、大人になったらタヌキになっちゃうんだよ?」