本当ならここで「ちゃんと人の話を聞いてないからだ」と言ってやりたかったが、俺にも話した覚えや確証がなかった。

しかしその通り言うのは癪だったため、代わりにこう切り返した。

「お前が忘れただけじゃないのか?」

《 それは有り得ん。アルトゥアミスの一族は記憶力がいいんだ 》

なぜかすっくと立ち上がって、両の前足を腰に当てて胸を張り、自慢げに言う。

「あるとぅあ……みす? アルテミスじゃなくて?」

すると璃那が、初めて耳にした単語を訊き返した。

《 それは月の女神の名だろ。アルトゥアミスは、由緒正しき一族の名だ 》

アルテはなぜか、さらに胸を張った。

アルトゥアミスを和訳すると『月の猫族』となるらしい。ことの真偽はともかく、コイツ自身はそう主張している。

「アルトゥアミス一族……。ひょっとしてキミって、異世界の猫なの?」

普通、非日常的な固有名詞を耳にしたなら「何それ、どんなファンタジー?」とか言って茶化すところかもしれない。

しかし璃那がそうしなかった理由は二つある。

ひとつは、自分自身が非日常的な存在であるから。

もうひとつは、相手を疑うということを知らないからだ。

《 アルテ 》

「?」

問いには答えずに、不機嫌を露(あら)わにしてポツリと言う。

璃那は意味がわからないといった様子で、ぱちくりと瞬きを繰り返した。

《 俺様の名前だ。アルテ 》

「ああ、それはごめん。じゃあ言い直すね。アルテくんて、異界の猫なの?」