「実は落ちながら移動しているんだ」
「何が?」
「雲だよ。地上からは浮いたまま移動しているように見えるが、実は落ちながら移動しているんだ。落下速度は、秒速一センチメートル」
かつて俺にこの丘の存在を教えてくれた人が一番最初に教えてくれた空の不思議を思い出していた、ちょうどそのとき。
雲海が消えた。
一秒に一センチずつ落下していた白い大海原のように巨大な水蒸気のかたまりが、文字通り、月明かりに溶けるようにすぅっと消えてなくなった。
空を飛ぶ姿を雲海で隠して、待ち合わせの時間、月が南中したら合図があることは事前に聞いてはいたが、ここまで大規模とは……まあ、あの人らしいやり方だけど。
目の前の現象に驚くよりも呆(あき)れてしまい、ため息ひとつ。
箒を停止させてから、アルテに声をかけた。
「着いたぞ」
《 おう 》
鳥かごの中から出てきて、外側をよじ登る。
《 やっと着いたかぁ~ 》
四足を一列にして箒の柄に立ち、ふらつきもせずごく自然な感じで伸びをする。
さすがは猫と言うべきか。
小学四年のときに担任教師との猛特訓でやっと自転車に乗れるようになった飼い主からすると、羨(うらや)ましいほど素晴らしいバランス感覚だ。



