「璃那は、俺との記憶を取り戻したんですか? どうして今になって、また会いたいなんて言ってきたんでしょうか。もし記憶を取り戻していて、俺が過去に患っていたときのことも――」

「患っていた? ……ああ、なんだ。そういうことなのね」

朱海さんは、俺の捲(まく)し立てるような早口の問いかけを聞いて、俺が璃那を振った本当の理由に気づいたようだった。

そして安堵とも呆れともつかないため息をついた後、穏やかな口調で俺に問いかけた。

「いつ、気づいたの?」

「火事のあとです。金庫に、カルテとX線写真、それと戸籍謄本(こせきとうほん)のコピーが残ってました」

「そう……」

朱海さんは、複雑な表情をしていた。無理もない。

「さっきの電話の相手が悠紀だったのは、わかっていたんでしょう?」

「ええ。さすがに三度もやられちゃ、バレバレですよ。でも、今回の企画をしたのは璃那だと思います。確証はありませんけど、確信はあります」

俺は笑って、だけど真摯(しんし)に答えた。

「そう……」

朱海さんは一瞬だけ温かい笑みを浮かべたがすぐに消して、厳しさを持った母親の顔で、俺に告げた。

「なら、その確信を持って、明日を待ちなさい。あの子たちの心情も現状も、あの子たちから直接聞きなさい。それ以上、アタシが伝えるべきことは何もないわ」

「わかりました」

「うん、いい顔。……そういうところは、あの人にそっくり」

「え?」

「なんでもないわ。悠紀から聞いたと思うけど、道中のサポート(雲海で目隠しをして、月が南中したら消す)だけはしてあげるから、安心して行ってらっしゃい」

「ありがとうございます」

「これくらい、礼には及ばないわ。それじゃあね」

その言葉を最後に微笑むと、指を指揮棒(タクト)のように振り、宙に魔法陣のようなものを複数描くと同時に。朱海さんの姿は、どこからともなく現れた光の粒子に包まれて、消えた。