一目惚れというのもバカにしていた。僕はとある先輩に一目惚れをしてしまった。
「今日もいるかな」
先輩の名前は知らないが、彼女が毎日お昼休みに中庭の池の近くのベンチにいることは知っている。僕は物陰に隠れて先輩を待つ。

この不審者のように憧れの先輩を待つ少年は眞鍋真太郎と言う。不審者のように物陰に隠れているのに誰にも気づかれないのは彼の影が薄いためである。
しばらくじっと眞鍋が待っていると、中庭の池の近くのベンチに一人の少女が座った。そして池をじっと眺めている。この少女こそ眞鍋が恋している先輩である。

先輩いつもいつも何してるんだろう、池を眺める先輩の姿に眞鍋はいつも首をかしげていた。あそこって鯉と亀ぐらいしかいないし。池の水は少し濁っていて臭いし、何が楽しいんだろ。
しかし先輩はずっと池を眺めている。

「撫子、ここにいらっしゃったのですね」

「みどりさん、こんにちは。なにか約束してましたか?」

「してませんわよ、たまには一緒に過ごしましょ。従姉妹ですもの。」

ニッコリと笑う白木に撫子は口角をあげた。
その光景を見ていた眞鍋は心の中で熱狂していた。先輩の名前は撫子さん、先輩の名前は撫子さん。とひたすら繰り返していた。

「また、鯉を見ていらっしゃたのですか?」

「はい、この池は小さいのに何匹もの鯉がいて窮屈そうなので。いつもどうやったら鯉が快適に過ごせるかを考えてました」

そうか撫子さんは鯉が好きなのか。だから池にいたのか。だから毎日、池を覗いていたのか。眞鍋は納得し、先輩の好きなものを知れたという事で心の中ではお祭り騒ぎだ。

「ところで撫子、次は体育ではなくて。早く準備しないと遅れてしまいますわよ」

「はい、失礼します」

撫子は白木に言われ時計を見て走って行った。

じゃあ僕も帰るかなと思い後ろを振り向く。そして悲鳴をあげた。

「どちら様で?このような悪趣味なことを?」

そこには先ほどまで撫子と共にいた白木がいた。微笑んでいるが怖い。

「次、撫子にこのような悪趣味なことをしたら……、分かってますわよね」

有無を言わせない圧力に生唾を呑んだ。

「……はい」

「ならよろしいですわ、それではごきげんよう」

そう言い白木は帰って行った。撫子先輩の従姉、すごい怖いんですけど……
しばらく動けずにいた眞鍋だった。